父が亡くなり、相続の手続きを進める中で私が直面したのは、父の名義のまま残された実家の凄まじい惨状でした。玄関を開けた瞬間に鼻を突く異臭と、天井まで届きそうな不用品の山。それはまさに、世間でゴミ屋敷と呼ばれるそのものでした。私にとっての悲劇は、その物件の法的責任が、相続という形で私の名義へと移り変わろうとしている事実でした。ゴミ屋敷という難問に対して、名義人が下すべき最終的な決断は、その空間を「生かす」か「捨てる」かの二択に集約されます。名義人になるということは、単に資産を受け継ぐだけでなく、その場所で発生するあらゆるトラブルや維持管理の責任を負うことを意味します。近隣住民からは、以前から父の溜め込み癖について苦情が出ていたことを後で知りました。もし、このまま放置して火災や倒壊が発生すれば、名義人である私がその損害を賠償しなければなりません。断捨離を始めようにも、どこから手をつければいいのか分からず、ただ途方に暮れる毎日でした。父が生前に名義を整理し、少しずつでも物を減らしていてくれたら、という恨み言が口を突きそうになります。ゴミ屋敷の片付けは、業者に依頼すれば数百万円の費用がかかることもあります。清掃業者の多くは、トラブル回避のために、作業当日の居住者の立ち会いや、同意書の取得を必須としています。名義人としては、費用を負担する立場から「早く全てを捨ててしまいたい」と焦る気持ちも分かりますが、強引な手法は住人の心をさらに閉ざし、再発を招く原因となります。名義変更の手続きと並行して、この巨額の清掃費用をどのように捻出するか、私は人生最大の決断を迫られました。不動産の名義というものは、時に残酷な鎖となります。ですが、私は逃げないことに決めました。自分の名義になるこの家を、父との負の遺産としてではなく、新しい人生の出発点にするために、プロの清掃業者と共にゴミの山に挑む決意を固めたのです。名義という公的な重みを受け入れることは、過去を清算し、未来を自分の手に取り戻すための第一歩だと信じています。
親の名義で残されたゴミ屋敷という重荷