私はかつて、自分の部屋を汚部屋と呼ぶことすら恥ずかしいほどの惨状の中で生活していました。床は見えず、どこに何があるか分からず、探し物をするだけで一日の大半が過ぎ去るような毎日でした。そんな私が断捨離を決意したのは、大切な友人からの訪問を断り続けている自分に惨めさを感じたからです。最初に始めたのは、毎日一つだけ何かを捨てるというごく小さなルールでした。最初の一週間は、古いレシートや書けなくなったボールペンなど、捨てることに抵抗のない物を選びました。しかし、二週間、三週間と続けるうちに、部屋の中に停滞していた空気が動き出すのを感じました。本格的な断捨離に踏み切ったとき、私は自分がある種の買い物依存状態にあったことに気づきました。安売りだからという理由で買った予備の洗剤や、いつか読むつもりで溜め込んだ雑誌。それらは私の生活を豊かにするどころか、私の居住スペースを奪い、精神を圧迫していたのです。断捨離の過程で最も苦労したのは、高価だった服や、誰かから貰ったプレゼントを手放すことでした。しかし、それらをクローゼットの奥で眠らせておくだけでは、物としての価値は失われているのと同じだと自分に言い聞かせました。感謝の言葉と共に手放すことで、不思議と罪悪感は消え、代わりに晴れやかな気持ちが残りました。汚部屋を片付ける過程で、私は自分の部屋が自分自身の鏡であるという言葉の意味を理解しました。乱れた部屋は、乱れた心そのものでした。物が減るにつれて、私の思考は整理され、将来に対する不安も軽減されていきました。今では、私の部屋には必要最低限の物しかありません。しかし、その一つひとつに愛着があり、丁寧に扱っています。汚部屋を断捨離したことで得られたのは、清潔な空間だけではありません。自分にとって本当に大切なものは何かを見極める力、そして何より、自分自身を大切にするという意識を取り戻すことができたのです。
物に支配された生活を断捨離で変えた記録