仕事で疲れ果てて帰宅した深夜、私が決まって開くのは、誰かがひたすらゴミ屋敷を片付けているライブ配信です。暗い画面の中で、ヘッドライトをつけた配信者が黙々と山積みの不用品を袋に詰め、運び出していく。その様子を眺めていると、不思議なほど心が落ち着き、日中の苛立ちや不安が静まっていくのを感じます。これは、いわゆるASMR的な効果に近いのかもしれません。ゴミ屋敷の住人が不用品の山と対峙し、苦しみながらも一つずつ手放していく姿は、私たち自身の精神的な葛藤を視覚化したものに他なりません。ライブ配信という手法によって、その苦闘のプロセスが一切のカットなしに共有されるとき、視聴者は配信者の中に自分自身の投影を見出します。ゴミ袋が擦れる音、ガムテープを剥がす音、そして何より、視覚的に空間が広がっていく快感。それらは私の脳に直接作用し、一種の瞑想状態へと誘ってくれます。ゴミ屋敷ライブが魅力的なのは、そこに加工されていない人間の生々しい生活と、それを立て直そうとする強靭な意志が同居しているからです。完璧な生活を送っているように見えるインフルエンサーの投稿よりも、汚れた床を必死に磨く配信者の姿の方が、私にはずっと誠実で美しく感じられます。自分自身の部屋も、完璧とは言えないまでも、少しは片付けなければという前向きな気持ちにさせてくれるのも、このライブ配信の不思議な力です。配信者がゴミの山から大切な思い出の品を見つけ出し、それを愛おしそうに拭くシーンでは、思わず涙が溢れることもあります。物は単なる物質ではなく、その人の時間の集積なのだと思い知らされるからです。深夜のゴミ屋敷ライブは、現代を生きる私たちにとっての、静かな癒やしの儀式なのかもしれません。他人の部屋が綺麗になっていく過程を共有することで、自分の心の中にある淀みも一緒に洗い流されているような、そんな錯覚さえ覚えます。画面が消えた後、私は少しだけ軽くなった心で、明日も頑張ろうと思うことができるのです。
夜更けのゴミ屋敷ライブが私の心を救う