田舎にある祖父母の家が、いつの間にかゴミ屋敷化していることが発覚しました。祖父母が亡くなってから十年以上、名義変更の手続きを怠り、空き家として放置していた結果です。近所の方から異臭やネズミの被害について連絡を受け、慌てて現地に向かった私が目にしたのは、かつての美しい面影が一切消え去った、荒れ果てたゴミの城でした。一方で、あまりにも惨状が酷く、管理の継続が困難であれば、ゴミが残ったままの状態での現状渡し売却や、建物を解体して更地にするという決断も必要です。この場合も、名義が自分に整っていなければ、スムーズな処分は不可能です。どちらの道を選ぶにせよ、名義人という立場があなたに求めているのは、今この瞬間の決断です。最大の問題は、この物件の名義が未だに亡き祖父母のままであることです。相続人が数人に分かれており、誰もが「自分には関係ない」と責任を押し付け合っている間に、状況は悪化の一途を辿りました。名義が曖昧であることは、ゴミ屋敷の放置に拍車をかけます。誰が片付けの費用を出すのか、誰が処分の判断を下すのかが決まらないため、誰もが思考停止に陥ってしまうのです。しかし、名義を整理しないまま放置すれば、いずれ固定資産税の滞納や特定空き家の指定など、より深刻な法的・経済的ペナルティが襲いかかってきます。私は意を決して、親族間で協議を行い、名義を私一人のものに集約する手続きを始めました。それと同時に、プロの業者を呼び、断捨離をスタートさせました。祖父母が大切にしていたはずの家が、ゴミによって朽ちていくのを見るのは、耐え難い苦痛でした。名義を自分に変えることは、この苦痛を正面から受け止める覚悟を決めることでもありました。ゴミの山を一つずつ崩し、ようやく床が見えたとき、私は祖父母の家に再び命が宿ったような感覚を覚えました。名義という過去の絆を、ゴミ屋敷という負の形で終わらせるのではなく、新しい利用へと繋げること。それが、残された私たちにできる最高の供養なのかもしれません。
亡き祖父母の名義のままの家がゴミ屋敷に